四国八十八ヶ所霊場めぐり  56番札所  泰山寺

こんにちは。



昨日、やっと今回の四国巡拝の時に、私の不注意で石段の時計を落として・・・・カチャーーーンと言う音を立てて・・・

時計の裏フタが取れてしまいました。

手では直せないので、やっと時計屋さんに持って行きました。

色々な器具を出し、ちょうど合うサイズを探しながら、裏フタが若干歪みが出ていたようです。

それを直して、フタを締めて下さいました。お代金を聞くと「いいよ」って!!

古くからある時計屋さんで、このような時計屋さんが近くにあることを誇りに思います。

時計に関する事は、いつもこのお店に持って行っております。なじみのお店っていいわねぇ~~~




「四国八十八ヶ所霊場めぐり  56番札所  金輪山 勅王院 泰山寺」

            みな人の詣りてやがて泰山寺
 
                     来世の引導たのみおきつつ




泰山寺には、水難で人命を失う悪霊のたたりを鎮めた伝説が根強く残っています。

弘法大師がこの地を訪れたのは弘仁6年のころ。

蒼社川という川がこの地方を流れており、毎年梅雨の季節になると氾濫して、田地や家屋を流し、

人命を奪っていたため、村人たちは恐れ苦しみ、人取川といって悪霊のしわざと信じていたそうです。

この事情を聴いた大師は、村人たちと堤防を築いて、「土砂加持」の秘法を七座にわたり修法したところ、

満願の日に延命地蔵菩薩を空中に感得し、治水祈願が成就したことを告げたとの事です。

寺があった裏山の金輪山を死霊が集まる泰山になぞらえ、亡者の安息を祈り、死霊を救済する意味もあるとの事。




標柱です。

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石柱門です。   2000年に改修された白い漆喰塀が美しいです。

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境内の正面にある本坊です。

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納経所です。   宿坊もあります。

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手水舎です。

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左手側に行くと、本堂です。   ご本尊様は地蔵菩薩です。

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ビンズル様もいらっしゃいますね。

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立派な屋根です。

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仁王門はありませんが、本坊と本堂との渡り廊下に仁王像がガラス越しに見えます。

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大師堂です。

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弘法大師像です。

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地蔵菩薩像です。

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観音様です。

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弁財天です。

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宝冠不動明王像です。

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次は、57番札所です。

つづく・・・・・・・



最後まで、お読み下さり感謝申し上げます。

南無大師遍照金剛




四国八十八ヶ所霊場めぐり  55番札所 南光坊

こんにちは。




昨夜、家の前のアパート住人の知人の方なのか・・・・ずーーーと長い間アイドリング!!

毎日朝晩いつもの事です。

せめて、アパートの駐車場で停車してる時は、アイドリングストップしてほしくて・・・・環境のため・・・・

お願いしようと思って言ったら、「10時じゃないだろう」と大きな声で怒鳴られて・・・・・

一応、市の条例(?)で夜10時以降は騒音を立てないって事になってるでしょうが・・・・・

私が無理を言ってるのか・・・アパートの土地は、うちよりも低い位置に建っており、音がよけいに響くのよね。

もうすぐしたら、エアコンつけるから、窓閉めるし、ガマンするしかないのか・・・・・・ちょっと気分が




「四国八十八ヶ所霊場めぐり  55番札所 別宮山 光明寺金剛院 南光坊」

            このところ三島に夢のさめぬれば
 
                     別宮とても同じ垂迹



四国霊場のうち「坊」がつく寺院はこの南光坊だけらしいです。

今治市の中心街にあるが起源は古く、航海の神、総鎮守・伊予一の宮の大山祇神社と深く関わる歴史です。

伊予水軍の祖といわれた国主・越智玉澄公が、文武天皇の勅をうけて大山積明神を大三島に勧請し、

大山祇神社を建てた際に、法楽所として24坊の別当寺を建立したことが創始といわれます。

弘法大師がこの別当寺で法楽をあげて修法され、霊場に定められたそうです。

太平洋戦争最末期の昭和20年8月、空襲により大師堂と金比羅堂を残して罹災しました。

現在の本堂は昭和56年秋、薬師堂は平成3年春に、山門は同10年に再建されているそうです。




四天王が守護する大型の楼門、山門です。

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手水舎です。

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本堂です。   ご本尊様は大通智勝如来です。

四国八十八箇所で本寺のみが大通智勝如来を本尊としています。

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本堂の扁額です。

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大師堂です。

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大師堂の扁額です。

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大師堂の宝珠です。

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大師堂の屋根瓦です。

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修行大師像です。

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金毘羅堂です。

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薬師堂です。

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十三仏石仏です。

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次は、56番札所です。

つづく・・・・・・・



最後まで、お読み下さり感謝申し上げます。

南無大師遍照金剛


四国八十八ヶ所霊場めぐり  今治国際ホテルへ宿泊

こんにちは。



四国八十八ヶ所の巡拝が終わり、なんかポカーーンと穴が空いたように毎日ボケーーとしています。

体力強化のために、会社まで歩いて通勤してましたが・・・・今は自動車。

何もしたくなくて、土日も家で籠っております。

ただただ、PCに向かって、記事を書き溜めているのが精いっぱい!!!

お陰様で「予約投稿」分が増えております。





「四国八十八ヶ所霊場めぐり  今治国際ホテルへ宿泊」



今治市にそびえたつランドマーク的な快適なホテルです。

四国の中でも、一番多くの客室を持つホテルだそうです。

売店をはじめ、プールもジムもショッピングモールもあり、便利なホテルです。

眺めも、今治城もしまなみ海道も見る事が出来ました。

大浴場もありますので、足を延ばしてゆっくりと寛げますよ。


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ロビーにはお客様がいっぱいですね。  座り心地の良いソファーがあり、ゆっくりできます。

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では、11階のお部屋へ・・・・

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大の字になって寝ても、転げ落ちないような大きなベッドです。

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では、パウダールームへ・・・  お風呂は、大浴場に行きます。

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アメニティーは・・・

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資生堂のスキンケアが付いております。

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お部屋からの眺めは・・・・

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しまなみ海道が目の前で~~~す。

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今治城も目の前よ。

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夜はライトアップされています。

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でーーーー夕食は、和定食。  釜飯は鯛釜飯でした。

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朝食は、バイキング。   この他にはフルーツを・・・

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お遍路の修行中なんですが・・・・・最初からこんな快適なホテルでして、これからの行程が気になります。

たぶん、ここが一番良かったかも・・・・・



では、次は・・・・・・・

55番札所です。

つづく・・・・・・・



最後まで、お読み下さり感謝申し上げます。

南無大師遍照金剛



四国八十八ヶ所霊場めぐり  54番札所 延命寺

こんにちは。



本日の写真は、なぜかブレたり、水滴が付いていたり・・・・・すみません。




「四国八十八ヶ所霊場めぐり  54番札所 近見山 宝鐘院 延命寺」

               くもりなき鏡の縁とながむれば
 
                       残さず影をうつすものかな



今治の市街地から西北へ6kmほどの所に、延命寺の山号にもなっている近見山という標高244mの山があります。

この山頂一帯に七堂伽藍の甍を連ねて、谷々には100坊を数えていたのが延命寺であったそうです。

聖武天皇の勅願により、行基菩薩が大日如来の化身とされる不動明王像を彫造して本尊とし開創したとの事。

弘法大師が嵯峨天皇の勅命をうけ、信仰と学問の中心道場として再興、「不動院・圓明寺」として、勅願所としました。

そして53番・圓明寺(松山市)との間違いが多く、江戸時代から俗称としてきた「延命寺」に改めたそうです。




三門(仁王門)です。

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仁王門ですから・・・・見にくい写真ですが・・・

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中門です。

もと今治城の城門の一つで、総けやき造りで、 明治初期に今治城取り壊しの際に譲り受けたそうです。

あの青いビニールシートは・・・・・・・

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中門をくぐったら、小さな祠がありました。  何でしょう??

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こちらは、薬師堂です。

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とってもボケてますが、手水舎です。

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参道はとても混んでいまして・・・私はこの時点で何が何やら分かりませんでした。

ただ、この石段を登ってと言われるままに・・・・・

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登りきったら、大師堂でした。

あら!!!   先に大師堂からなのね・・・・ デジカメのレンズに水滴が・・・・・

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大師堂の扁額です。

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お参りを終えて・・・・・行基菩薩供養塔がありました。

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納経所です。

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でーーーーー本堂はと言いますと、あのブルーシートの中でした。

立ち入り禁止でして・・・・・仮の本堂が納経所の横にありました。

参道が混んでいたのは、仮の本堂でお参りをしていた方たちが大勢いたからなんです。

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次は、ホテルです。

つづく・・・・・・・



最後まで、お読み下さり感謝申し上げます。

南無大師遍照金剛




四国八十八ヶ所霊場めぐり  53番札所 円明寺

こんにちは。



昨日、ついついJALのHP見てて・・・・・・・・・

やっぱり、ダメねぇ~~~~~

エコノミーでと思ってたのに・・・・・プレミアムエコノミーにしちゃった(大汗)

それだけで、8万円の出費!!!

その分で、どこかに行けたのに~~~   でも長時間、自信がなかったのよねぇ~~~~






「四国八十八ヶ所霊場めぐり  53番札所 須賀山 正智院 円明寺」

           来迎の弥陀の光の圓明寺
 
                   照りそふ影は夜な夜なの月




大正13年3月、シカゴ大学のスタール博士が四国遍路をしている途次、寺の本尊・阿弥陀如来像を安置している厨子に

打ち付けてあった四国霊場最古の銅板納札のを見つけたそうです。

江戸時代の初期にあたる慶安3年(1650)の銘があり、縦24cm、幅が9.7cm、厚さ約1mmで破損のない納札です。

この納札でとくに注目されるのは、初めて「遍路」の文字が記されていることだそうです。

圓明寺はまた、聖母マリア像を浮き彫りにしたキリシタン灯籠があることでも知られています。




三門です。  重要文化財の本瓦葺八脚門です。

室町時代作といわれ頭貫先端の木鼻の彫刻文様や造りだそうです。

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仁王様もいらっしゃいます。

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中門です。

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手水舎です。

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本堂です。   ご本尊様は阿弥陀如来です。

本堂内にある高さ約1m・幅4mの巨大な龍の彫り物は、欄間から頭を斜め下に飛び出し、躍動感に満ち溢れ凄絶で

荘厳な魅力を放ちます。江戸時代初期に活躍した彫刻職人・左甚五郎作と言われています。

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気になった瓦屋根も・・・・

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大師堂です。

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大師堂の扁額です。

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コチラの屋根瓦も気になりました。

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鐘楼です。

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観音堂です。

十一面観音像は関ヶ原の戦いに敗れ断絶した河野家の戦死者を供養するために祀ったものだそうです。

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後ろのお堂は、閻魔堂です。

前の像は、子育て地蔵尊です。

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キリシタン灯ろうです。  高さ約40cm、聖母マリア像を浮き彫りにしています。

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次は、54番札所です。

つづく・・・・・・・



最後まで、お読み下さり感謝申し上げます。

南無大師遍照金剛





四国八十八ヶ所霊場めぐり  52番札所 太山寺

こんにちは。


昨日、第一生命から「サラリーマン川柳」の結果発表がありましたね。

第1位は・・・・・「皮下脂肪 資源にできれば ノーベル賞」

ウンウンとうなずく私がいました(大汗)  誰か皮下脂肪の活用方法をさがして~~~~

いや、その前に、「やせ薬」を・・・・・・・・




「四国八十八ヶ所霊場めぐり  52番札所 瀧雲山 護持院 太山寺」

             太山へのぼれば汗のいでけれど
 
                      後の世思へば何の苦もなし



開基とされる真野長者、その長者が一夜にして御堂を建てたという縁起があるそうです。

商いのため船で大阪に向かうとき大暴風雨に遭い、観音さまに無事を祈願したところ、高浜の岸で救われたそうです。

この報恩にと一宇の建立を大願し、豊後の工匠を集めて間口66尺、奥行き81尺の本堂を建て、

「一夜建立の御堂」と伝えられています。

本堂は、真言密教では最大規模を誇り国宝だそうです。




こちらのお寺の門は三つあります。  一の門、二の門(仁王門)、三の門(四天王門)です。

私たちは、一応タクシーで巡拝しておりますので・・・・・駐車場まで行きます。  いきなり三の門となります。

駐車場には、このような古い石柱がございます。  金額を見ると、随分古いものですね。

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ひきさき地蔵です。

太山寺の茶屋にいた美しい娘をめぐり、古三津の相撲取りと和気浜の力じまんの2人が、

娘を引っ張り合った末に死なせてしまったという伝説があります。

その娘の魂を慰めるために、村人が地蔵を作ったと言われています。

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大日如来石像を中心に十三仏像が並んでおります。

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手水舎です。

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この石段を登ると、三の門四天王門です。

入母屋造楼門、1683年再建されています。

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境内(大師堂)から見た四天王門です。

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ちなみに、二の門(仁王門)はこちらです。

2の門



四天王門の祀られている四天王像です。

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国宝の本堂です。   ご本尊様は十一面観世音菩薩です。

和様式・唐様式・天竺様式という折衷様であり鎌倉時代の力強い作風を示す代表作です。

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大師堂です。

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大師堂の扁額です。

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大師堂から境内を眺めてみました。

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鐘楼です。

1655年再建され、中には1383年の銘入り梵鐘があり県の指定文化財です。

壁面に描かれた地獄・極楽絵図が書かれているそうです。

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厄除大師像です。

後ろのお堂は、護摩堂と稲荷堂です。

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聖徳太子堂や身代観音様もあったはずなんですが・・・・見てないのです(汗)

さぞかし、お参りするのに必死だったと思います。



次は、53番札所です。

つづく・・・・・・・



最後まで、お読み下さり感謝申し上げます。

南無大師遍照金剛




四国八十八ヶ所霊場めぐり  51番札所 石手寺

こんにちは。


今回は、少し長い記事になるかも・・・・写真の数が多くて・・・・・お堂も多くて・・・・・・




「四国八十八ヶ所霊場めぐり  51番札所 熊野山 虚空蔵院 石手寺」

           西方をよそとは見まじ安養の
 
                    寺に詣りて受くる十楽



道後温泉街から近いので、2009年3月、ミシュランガイド(観光地)日本編において1つ星に選定されています。

遍路の元祖とされる衛門三郎の再来伝説ゆかりの寺でもあり、文化財の寺院なのです。

大師が今も四国を回っておられ、一心にお四国めぐりをするうち、いずれかどこかで大師に巡りあえるという信仰や、

いわゆる「逆打ち」などの言い伝えにつながっています。

728年に伊予の豪族、越智玉純が霊夢に二十五菩薩の降臨を見て、この地が霊地であると感得、

熊野12社権現を祀ったのを機に鎮護国家の道場を建立されました。

鎌倉時代の風格をそなえ、立体的な曼荼羅形式の伽藍配置を現代に伝える名刹です。

境内から出土された瓦により、石手寺の前身は680年ごろ奈良・法隆寺系列の荘園を基盤として建てられたようです。




県道の前の景色です。

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龍に乗った観世音菩薩像です。

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巡礼の祖の衛門三郎玉石と弘法大師様に欲深かった自己の非を詫びる衛門三郎像です。

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弘法大師様に詫びて、「来世には河野家に生まれ変わりたい」と託し息を引き取りました。

大師は路傍の石を取り「衛門三郎再来」と書いて、左の手に握らせ、翌年、伊予国の領主、河野家に長男誕生。

その子の手の中には「衛門三郎再来」と書かれた石を握っていたそうです。

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回廊のある石畳の仲見世のみやげ店が並ぶ参道です。

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国宝の三門です。  1318年に河野通継によって建てられたとされています。 

日本最古の建築様式のみの純和風の楼門であり、屋根は入母屋造で本瓦葺です。

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阿吽の仁王様です。  ボケていてすみません。

運慶一門作と伝わる県指定文化財の金剛力士像です。

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三門には、奉納された大草鞋が左右にあります。

健康健脚になると言われる約3mの大わらじは4年に1度掛け替えます。

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境内に入ります。

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こちらの鐘楼は、重要文化財の鐘がぶら下がっていて住職しか突けない鐘楼です。  袴腰造りです。

建長3年(1251)の銘が刻まれた愛媛県最古の銅鐘です。

三門をくぐると、左右に鐘楼があり、右手がこちらになります。

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そして、コチラの鐘楼は、自由に突ける仕合せの鐘です。

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阿弥陀堂です。   だと思います。   ぼけ防止に良いようですが・・・

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重要文化財の三重塔です。  鎌倉時代の塔に多く用いられた手法で三間三重の塔です。

壁の前面に須弥壇を置いて釈迦三尊の像を祀っております。

- 周りすれば、四国八十八箇所のお砂踏みができます。

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本堂です。   ご本尊様は薬師如来です。

立派な五鈷杵です。

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本堂の扁額です。

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本堂の左手側にあるお堂。  「元気再生の輪」ってのもありました。

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重要文化財の都卒天洞です。  八十八ヶ所霊場と四十九修行場です。

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本堂と大師堂の間にある絵馬堂です。

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大師堂です。

落書き堂とも呼ばれています。 かつて夏目漱石や正岡子規など多くの名士が落書きを残していたそうです。

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大師堂の扁額です。

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このお堂は・・・・・・????

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大師堂から見た景色ですが・・・・重要文化財の護摩堂でしょうか??

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こちらは、扁額に「知足天」と書かれていますが・・・・

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この先の境内の奥の方を歩いて行きますと・・・・赤い太鼓橋があったり、宝物館や道後の湯が聞こえる「湯音石」や

瀬戸内の潮の干潮がわかる「水天」など、境内には数々の建造物や堂塔などがあり文化財の宝庫ともいえます。

私たちは時間がないので・・・・・仕方がありません。



次は、52番札所です。

つづく・・・・・・・



最後まで、お読み下さり感謝申し上げます。

南無大師遍照金剛



四国八十八ヶ所霊場めぐり  50番札所 繁多寺

こんにちは。


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「四国八十八ヶ所霊場めぐり  50番札所 東山 瑠璃光院 繁多寺」

           よろずこそ繁多なりとも怠らず
 
                   諸病なかれと望み祈れよ



松山市を見下ろす淡路山の中腹にあり、景観樹林保護地域に指定されており、サクラや秋の紅葉の名所です。

孝謙天皇の勅願により、行基菩薩がおよそ90cmの薬師如来像を彫造して安置し、建立したと伝えられます。

弘法大師がこの地を巡錫し、現在の山号となりました。

後宇多天皇の勅命をうけ、蒙古軍の撃退を祈祷しています。

時宗の開祖・一遍上人が青年期に、太宰府から伊予に帰郷した際、有縁の寺に参籠して修行していました。

天皇家の菩提寺である京都・泉涌寺とのゆかりも深く、16弁のご紋章がついた瓦が残っているそうです。




三門です。  1993年に老朽化していたが修復されたようです。

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三門を通りすぎると、広々とした景色になりました。   正面が本堂です。

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地蔵堂です。

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納経所です。

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右手には、手水舎です。

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手水舎の際には、水芭蕉とかきつばたかしら?

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手水舎の左手には、弁財天がありました。

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階段を少し登り・・・・鐘楼です。   天井には「御伽草紙」の絵があったはずなんですが・・・

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本堂です。    ご本尊様は薬師如来です。

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本堂の扁額です。

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こちらも扁額です。

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本堂の左手には、歓喜天堂があります。

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4代将軍家綱の念持仏三体の一つである歓喜天が祀られ、厄除けや商売繁盛、合格祈願に良いようです。

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でーーー本堂の右手側には・・・・

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修行大師様が見守っております。

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大師堂です。

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大師堂の扁額です。

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大師堂からの景色です。

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毘沙門天です。

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次は、51番札所です。

つづく・・・・・・・



最後まで、お読み下さり感謝申し上げます。

南無大師遍照金剛



四国八十八ヶ所霊場めぐり  49番札所  浄土寺

こんにちは。


今回、40ヵ寺と高野山を5泊6日で巡拝してきましたが、1日目の最初のお寺の写真を見ても・・・・・

既に、老化現象まっただ中でした(大汗)

思い出しながら・・・・コレの脳活性化には良いのかも・・・・・


では、愛媛県(伊予)の霊場、「菩提の道場」から。


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「四国八十八ヶ所霊場めぐり  49番札所  西林山 三蔵院  浄土寺」
          十悪のわが身を棄てずそのままに
 
                 浄土の寺へまいりこそすれ



空也上人の姿がいまに残る寺で、。腰のまがったやせた身に、鹿の皮をまとい、ツエをつき鉦をたたきながら行脚し、

「南無阿弥陀仏」を唱えるひと言ひと言が小さな仏となって口からでるお姿が思い出されます。

縁起によると天平勝宝年間に女帝・孝謙天皇の勅願寺で、行基菩薩が彫造した釈迦如来像を本尊として祀り、

開創されたそうです。

のち弘法大師が、伽藍を再興し、真言宗に改宗し、寺域は八丁四方におよび、66坊の末寺をもつそうです。


石段を登って・・・・三門です。

大正11年に建立された楼門形式の仁王門です。

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三門の扁額です。

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阿吽の仁王様です。

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弁財天堂です。

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手水舎です。

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また、石段を登って・・・鐘楼です。

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本堂です。   ご本尊様は釈迦如来です。

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本堂の扁額です。  「釈迦堂」と書かれております。

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本堂の右手に、修行大師像様が見守っております。

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そして、その横に大師堂がございます。

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大師堂の扁額です。

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お参りをしまして・・・納経所への門です。

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この門の手前には、白象の句碑がございます。

「お遍路や 杖を大師と たのみつつ」と書かれています。

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そして、有名なこの句碑。  正岡子規の句碑です。

「霜月の 空也は 骨に生きにける 子規」と書かれております。

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こちらは、茶堂ですが閉まっています。

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本堂左手境内の景色です。

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愛染堂です。

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阿弥陀堂です。

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次は、50番札所です。

つづく・・・・・・・



最後まで、お読み下さり感謝申し上げます。

南無大師遍照金剛



四国霊場を結願・高野山にて満願致しました。

こんにちは。


去年9月から始めた四国霊場の巡拝、やっと今回結願および満願を致しました。

体力的に厳しかったですが、ケガも病気もリタイアもせずに、

大勢の方たちに守られ、助けられて、結願、満願に達しました。

私の白衣も、このようにご朱印を頂きました。

納経帳にも八十八ヵ寺と高野山の大師堂と金剛峰寺、慈尊院、そして丹生都比売神社のご朱印があります。

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高野山開創1200年記念の特別ご開帳も今月21日まで。

20・21日は高野山に居ましたので、しっかりと堪能してきました。

ちょうど、秋篠宮殿下と妃殿下の紀子様が20日、開創1200年記念大法会が営まれている高野山と丹生都比売神社を参拝し、

21日には、奥の院と壇上伽藍で営まれる法会にご臨席されました。

4月2日から始まった記念大法会、21日が最終日で、この二日間に高野山に居られた事は嬉しかったです。

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高野山の街は、とっても車も多く、日本中からの参拝客が多かったです。

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追々、記事を書いてまいります。

ただ写真も1600枚以上もございました。

ただ、写真撮影禁止も多く(ご本尊様、内陣、特別ご開帳)、いつものようにお送りさせていただきます。

毎日、石段や坂道等、16000歩から11000歩を歩きました。

もう階段を見るのもイヤになりました(大汗)

もう少し、お時間をくださいませ。

向こうのお寺でお会いした「遍路道さん」、お元気ですか?

お声かけて頂き、ありがとうございました。




最後まで、お読み下さり感謝申し上げます。

南無大師遍照金剛


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